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リアクションフレーバーのソリューション-現代世界のための古代化学

Dr. Luke Grocholl

料理が人間の特性であることは明らかです。料理をする動物は他にはいませんが、現生の人類の出現以降は食物を料理し、火で焼いていたことを示唆する多くの証拠があります。1近所のBBQのおいしそうなにおいの中には、80万年前に料理の火を囲んで楽しまれていたものもあることがわかっています。さらには、人間と人間の近縁動物が200万年もの間、肉や根菜を火で焼いてきたことを示す証拠さえもあります。火で食物を焼くことは、フレーバーを引き出すだけでなく、後で食べられるように有害な微生物を殺し水分量を減らして食物を保存するのにも役立ちます。食物を料理することは、人間がこれほど大きく精緻な脳を進化させた重要な推進力の1つであるとも考えられています。2十分に加熱されると、糖、タンパク質、およびその他の肉や野菜の構成成分が化学反応を起こして消化しやすい形になるため、生の場合よりも同じ食品からより多くのカロリーが得られるようになります。霊長類学者は、ヒトの大きな脳を動かすのに十分なエネルギーを得るため古代人は毎日9時間以上を未加工の植物や肉を集めて食べるのに費やしたと推定しています。食物を料理することで、私たちの祖先は大きな脳に動力を与えるのに十分な食物を集めるのに必要な時間とエネルギーを大幅に削減し、頭蓋骨のサイズと知力は人類の進化に伴い拡大し続けることができました。消化しやすい料理した肉や野菜から1日で得られるカロリーは大きな脳が必要とするエネルギーを上回り、私たちの祖先は現代人の大きな脳を発達させることができました。

リアクションフレーバーのソリューション-現代世界のための古代化学

初期の料理人たちは、現代のシェフと同じく、私たちが人間として進化するのに必要としたカロリーを満たす健康な食事を準備しました。しかし、古代にBBQをしていた人たちは進化を推進するために肉や野菜を焼いていたわけではありませんでした。今のグルメシェフや自宅でBBQをする人たちと同じく、食品を加熱したり焼いたりすることへと導いたのはもちろん味でした。原材料やパン生地などがおいしいソーセージ、スープ、パンなどになるこのほとんど魔法のような変化は、人間の歴史の大半でほとんど理解されていませんでした。鍋の中や焼き串の先で何が起こっているのかを本当に理解できたのは、現代化学の時代になってからでした。

20世紀初期、フランス人の物理学者であり化学者であったルイ・カミーユ・マヤール(メイラード)は、単純な分子からタンパク質を合成しようとしていました。マヤールは還元糖とアミノ酸との間の反応を詳細に記録しました。これらを一緒に加熱するとアクリルアミドが形成され、それがさらに反応してピラジン、ピロール、および関連する香気フレーバーが発生します。また、さらに加熱することでさらなるカスケード反応からメラノイジンが生じることも報告しました。メラノイジンは、マヤールがパンやローストした肉の褐色物質の元であると正確に提案した複雑な化学物質です。現在、これらの反応は非酵素的褐変反応と呼ばれることが多いですが、それは触媒や酵素の存在が不要で加熱のみにより進行する化学反応だからです。この洞察から、アミノ酸と還元糖を一緒に加熱するという料理中に進行するプロセスはメイラード反応と名づけられました。この非酵素的褐変反応を報告したにもかかわらず、マヤールはこの料理の化学については調べず、自身の研究をタンパク質代謝に集中させました。

他の科学者たちがメイラード反応スキームを研究するようになりましたが、料理の背後にある化学反応を理解するために協力した取り組みが行われたのは第二次世界大戦後になってからでした。第二次世界大戦では、国家安全保障の観点から、近代化された安全で安定な食料供給の必要性が示されました。軍の求めに応じて始まった研究は戦後も続き、1953年、アメリカ人化学者ジョン・ホッジが褐変反応に関する画期的な論文を発表しました。3この論文は乾燥食品の化学的性質に注目していましたが、それよりも重要だったのが、焙煎の複雑な化学的性質を複雑ながらも1つのまとまったシステムとして説明するために、アミノ酸と糖の反応に関するマヤールやその他の化学者の研究のレビューが含まれていたことでした。ホッジの論文は、今では食品科学分野において最も多く引用されているものの1つであり、あらゆるリアクションフレーバーの基礎となっています。

この食品科学を支えたホッジ、USDA、そして軍の関心が生まれたきっかけは、食品サプライチェーンの工業化と拡大に役立つ食品の保存にありました。しかし、非常に重要な結果であったのは、食品の保存と関連するフレーバーの化学が理解できたことでした。缶詰や加工食品ではフレーバーが失われ、おいしくするために加熱が必要です。ホッジが報告したメイラード反応に基づくリアクションフレーバーは、明解な解決策となりました。アミノ酸と還元糖のフレーバー混合物は、未調理食品に含まれる反応物質を再現できます。多くのフレーバー混合物には、完全なバランスの取れた香気フレーバーを得るために、脂質、塩、グルタミン酸、その他の(非反応性)タンパク質、そして加工助剤が含まれています。これらのリアクションフレーバー混合物は、再加熱条件下で複雑なメイラード褐変フレーバーを放出します。このように、加工食品の加熱という単純な行為から複雑な焙煎フレーバーや香気フレーバーを短時間に生成することができます。加工食品で失われたフレーバーを取り戻すために1日かけて焙煎したり煮込んだりすることは不要になりました。

フレーバー専門家に対する近年の要求は、単に加工食品を加熱でおいしくすることだけにとどまりません。フレーバー業界では、原材料のメイラード褐変から大きなチャンスが生まれます。より健康な食品や、より環境にやさしくより倫理的な食品生産への関心の高まりは、肉を使用した食品のあらゆるフレーバーを再現できるベジタリアン代替品に対する需要を増大させています。例えば、ベジタリアンミート(ベジタリアン代替肉)市場は、その他の加工食品を約50%上回るスピードで成長しています。4

ベジタリアンミートは、より伝統的な市場にも流れ込んでいます。ハラル食事規定では、豚肉などの特定の動物を食べることが禁止されており、食べてよい動物は必ず特別な方法で屠殺されていなければならないことが規定されています。非動物由来代替物は、動物原料の食品成分が問題になる可能性のあるイスラム教徒にとって強力な代替物となります。コーシャの食事規定では、許容される肉の由来と準備方法に関して同様の制限があり、さらに肉と乳製品を混ぜることが禁止されています。完全なビーガン製品はコーシャ規定を満たすことができ、良い香りのリアクションフレーバーの助けを借りて、他では得られない味を作り出すことができます。ベジタリアンリアクションフレーバーは、ヒンズー教や仏教のベジタリアン文化にも役立ちます。その他厳格なビーガン食を実践するインド発祥の宗教であるジャイナ教などの文化や宗教における食品でも、リアクションフレーバーが役に立つかもしれません。

リアクションフレーバーからは複雑な食欲をそそる一連の香りが生まれ、他のフレーバーのブレンドからは得られないフレーバーソリューションが得られます。肉料理や香ばしい料理の味を引き立て、保存し、調理しながら発展・変化させることができます。またリアクションフレーバーは、必要不可欠な旨味、さらには人間の進化に伴い好まれるようになった肉の味さえも実現することで、ベジタリアン食やビーガン食の可能性を大きく広げます。

私たち人間は、最初に肉や根菜をたき火で焼いていた古代人から随分と進歩しました。最近までほとんど理解されていなかったその化学の奇跡は、私たちの進化の重要な部分であったと考えられており、今でも週末にBBQをする人やグルメシェフたちを喜ばせています。フレーバリストは、他にはない新しい香りや味の特徴を加工食品に付与したり、増え続けるおいしいベジタリアンミートをさらに開発していくために、リアクションフレーバーを活用し続けることができます。リアクションフレーバーの複雑な性質は、世界中のフレーバリストにチャンスとチャレンジを提供し続けるでしょう。

1.
Luca F, Perry G, Di Rienzo A. 2010. Evolutionary Adaptations to Dietary Changes. Annu.Rev. Nutr.. 30(1):291-314. https://doi.org/10.1146/annurev-nutr-080508-141048
2.
Gibbons A. October 22, 2012. Raw Food Not Enough to Feed Big Brains .Science.
3.
Hodge JE. 1953. Dehydrated Foods, Chemistry of Browning Reactions in Model Systems. J. Agric. Food Chem.. 1(15):928-943. https://doi.org/10.1021/jf60015a004
4.
Meat Substitutes Market worth 6.43 Billion USD by 2023. [Internet]. Available from: http://www.marketsandmarkets.com/PressReleases/meat-substitutes.asp
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