無機ナノ粒子
はじめに
無機粒子は、サイズがナノの次元に近づくにつれ、新規な物理特性を示すことが少なくありません。例えば、ナノ結晶量子ドットの独特な電子的・光学的性質は、電子光学装置や生物医学的画像診断などに将来応用される可能性があります1。化学センサーや磁気記録など先端的かつ多種多様な応用分野の多くでは、体積に対する表面積の比率の高いナノ粒子を、複雑なナノ材料を組み立てる骨格として使用することに研究の焦点が当てられています。コア・シェルナノ粒子や多成分の階層的集合体などの構造では、化学的に異なるナノ構造成分同士が隣接しているため、特性の強化や新規の機能が見られることがあります。本稿では、無機ナノ粒子を用いた材料で実現可能な構造や特性の多様性に焦点を当て、これらの特性を制御する際に注目すべき基本的な問題点を取り挙げていきます。また、絶縁性または金属性のナノ粒子の図表を用いましたが、これらはNEAT(Nanomaterials in the Environment Agricultureand Technology)組織研究ユニット(http://neat.ucdavis.edu)との連携を通じ、カリフォルニア大学デービス校との共同学術研究で得られたものを使用しました。
ナノ粒子の独特な構造と物性の起源を完全に正しく評価するためには、ナノ粒子がバルク材料と異なる原因が単にそれが微小なためだけではなく、粒子の大部分が表面からきわめて「近距離」にあることに注目することが重要です(図1)。そのためナノ粒子には「大量」の表面被覆を行うことが可能であり、この点においてバルク材料とは構造的にも組成的にも異なります。この表面部分は、ナノ粒子構造自身の一部が再配列(緩和)したものや組成の異なる固体で形成されたシェル、もしくは水分子、無機分子、有機分子の吸着層の場合もあります。吸着層は、新規階層構造を形成するための「結合」として使用できます。構造や結合形成、界面相互作用(粒子-被覆層-近傍環境間)における基本的な複雑性を利用することで、様々な潜在的用途に向けたユニークな特性を導き出すことができます。

図1直径dの粒子の、表面から0.5 nm以内に含まれる体積の割合。薄い色で表したシェルはその割合、すなわち直径d = 1.5 nmの粒子上を覆う厚さ0.5 nmの被覆層の体積を相対的に示しています。図は参考文献15から引用・改変。
複雑な多相材料
最初の例として、酸化物ナノ粒子に関する構造や用途の多様性を取り上げます。具体例として酸化鉄とオキシ水酸化鉄を挙げると、まず、これらの物質には実に多くの多形がある点に気が付きます2。一般的な無水酸化鉄はヘマタイト(赤鉄鉱、hematite、α-Fe2O3)です。これはごく普通の鉄鉱石で、赤色の塗料用顔料として使用されています。また、マグネタイト(磁鉄鉱、magnetite、Fe3O4)はスピネルの一種で多くの磁性材料や磁性素子の基礎となる物質であり、マグヘマイト(磁赤鉄鉱、γ-Fe2O3)は欠陥スピネル構造を持ちます。一方、オキシ水酸化鉄には、針鉄鉱(goethite)、レピドクロサイト(lepidocrocite)、赤金鉱(akaganeite)、フェリハイドライト(ferrihydrite)、green rust(緑色のさび)などがあります。天然物でも合成材料でも、酸化鉄とオキシ水酸化鉄はナノ粒子から成り立っていることが多くあります。様々なサイズの酸化鉄粒子は、磁気記録材料、磁性流体、顔料、腐食生成物として、また、環境中での栄養物や汚染物質(重金属や放射性核種)の輸送において重要な役割を果たしています。マグネタイトやマグヘマイトの磁性特性にもまた、生物学的用途に向けた関心が寄せられています。しかし、マグネタイトは腐食感受性が高いことや、生体分子をナノ粒子表面に永続的に結合させるのが困難であることが、生物学的用途の実現を阻む大きな障害になっています。これらの問題は磁性ナノ粒子をシェルで被覆することで解決できます。なぜなら、このシェルはコアを酸化・腐食から保護するだけでなく、化学的機能を付与する(官能化する)ための土台として働くことで、粒子が生体に適合できるようになるためです。このようなコア・シェル粒子は、例えば逆ミセル反応を連続的に2回行うなどの方法を用いて合成されます3。
コア・シェル構造磁性ナノ粒子には、現在、様々な用途に向けた関心が寄せられています4。例えば、磁性コア・Auシェル構造のナノ粒子は遠隔による磁性操作が可能であることから、核磁気共鳴画像法(MRI)や細胞標識・分類、温熱療法、そして標的薬物送達などの生物学的用途に使用される可能性があります5-7。現在までに、いくつか種類の異なる磁性コア・シェルナノ粒子が報告されており、Fe/Au、Fe3O4/Au、FeCo/(Au,Ag)などのナノ粒子がその例です3,8-10。Auで被覆したFeナノ粒子の例を図2に示します3,5,11,12。磁性硬質/軟質(コア/シェル)ナノ粒子は、技術的に重要なもうひとつのナノ構造です。L10相のFePtやCoPtのように、高い結晶磁気異方性を持つナノ粒子は、自己組織化によって配列を作ることがあります。そのため、テラビット/in2の密度を持つ次世代のパターンドメディア(ナノ磁性粒子が高密度集積した磁性記録媒体)として使用できる可能性があります13。磁性硬質相と磁性軟質(例えば、Fe3Pt)相とを組み合わせたコア・シェル構造は、高エネルギー生成の可能な永久磁石の用途に使用できる可能性があります。

図2(a)走査型透過電子顕微鏡によるAu被覆Feナノ粒子のZ-コントラスト像。(b)Au被覆Feナノ粒子の透過型電子顕微鏡像。
ナノ粒子の研究分野では、コア・シェル構造、粒子サイズ、形状、表面特性が重要となります。例えば、1つの高異方性磁性ナノ粒子を1ビットとして使用する磁気記録用途では、サイズ分布や形状分布の分散を最小限にする(<10%)ことが不可欠です。Fe2O3、Fe3O4、およびMFe2O4(M = Fe、Co、Mn)などの酸化鉄は、単分散の表面誘導体化ナノ粒子として合成することが可能です14。また、Coナノ粒子やFeナノ粒子のほか、溶液法で調製するナノロッドにも進展が見られています。このような技術的進展や興味深い特性にもかかわらず、コア・シェル構造ナノ粒子は合成するのが困難です。特に、コア・シェル構造の成長機構や、それぞれのサイズの制御に関しては困難さを極めます。コア・シェル構造の詳細な特性評価、理想的な特性を実現するのに必要なコアとシェルの最適条件の探索、コア・シェル構造の生物学的・技術的応用は、いまだに体系的に実証されているとはいえません。
化学的・物理的基本特性
上記の応用例には、いずれも、複雑なナノ構造の物理的・化学的な基本特性を理解することが必須です。例えば、バルクで準安定な結晶構造(結晶多形)をナノスケールでも熱力学的に安定化できるかどうかは、粒子のエネルギーに寄与する表面成分とバルク成分の競合によって決まります15-18。この効果は、これらの無機材料の物理的、化学的、電子的、磁気的な特性を工学的に操作するうえで重要な影響をもたらします。
熱量測定により、酸化鉄やオキシ水酸化鉄の表面エネルギーと水和エネルギーに関するデータが得られています16。図3は、25℃における、様々な結晶構造のエンタルピーと、粗粒ヘマタイト+水(液体)の集合体との関係を示しています。針鉄鉱は表面積が15 m2/gを超えるとヘマタイト+水よりもエネルギー的に安定する(そしておそらくエントロピー効果により表面積が小さい場合でも自由エネルギー的に安定である)ことが分かります。赤金鉱は表面積が75 m2/gを超えると、そしてレピドクロサイトは表面積が100 m2/gを超えると、ヘマタイト+水よりもエネルギー的に安定します。赤金鉱は表面積が250 m2/gを超えると針鉄鉱よりもエネルギー的に安定します。特筆すべきは、エンタルピーと表面積(表面エネルギーに比例)との関係を表す直線の傾きは、いかなる水和相のヘマタイトと比較しても、無水相のヘマタイトのほうがはるかに高くなる点です。これは、アルミナ系にも見られる一般的な傾向です15-19。さらに、結晶構造が準安定になればなるほど表面エネルギーは低くなりますが、酸化鉄だけでなく、アルミナ、チタニア、ジルコニアにも見られる一般的な傾向です15。このようなエネルギーの複雑な交差により、酸化鉄ナノ粒子の合成や結晶粒粗大化が自然状態でも実験室でも起こることを説明できます。これらの粒子が鉛やウランなどの重金属や有機汚染物質を輸送できるかどうかは、その粒子の結晶学的性質や表面積によって決まります。同様に、磁気的特性はその相やサイズによって決まります。

図3オキシ水酸化鉄と微粒ヘマタイトのエンタルピー(熱量測定)と表面積(m2/g)との関係を、粗粒ヘマタイト+液体水1/2(Fe2O3 + H2O)と比較した図。点は実験データを表し、楕円は様々なフェリハイドライトの試験結果の分布を表します。図は参考資料16~18のデータを要約したものです。

図4モンテカルロシミュレーション(上)では、サイズが4.79 nmのFe-Ptナノ粒子について、各温度の平衡状態における構造の原子秩序転移を示しています。下図は、異なる温度での秩序パラメータをナノ粒子内部の中心からの距離の関数としてグラフにしており、表面からの無秩序転移を示しています。上図は、Elsevier社の許可を得て、参考文献20から転載したものです。
測定した熱力学諸量は、平衡状態でのナノ粒子構造をサイズの関数として予測するための「相図」を作成する基礎となるだけでなく、表面構造やエネルギー特性の計算結果の直接的なベンチマークとなります。近年、原子レベルでのコンピューターシミュレーションが、無機ナノ粒子の構造転移や安定性を支配するエネルギー学的要因や速度論的要因を詳細に把握する目的で使用される機会が増えています。一例として、FePtナノ粒子をモンテカルロ法でシミュレーションして得られた結果を図4に示します20。FePt化合物は、異常なほど大きな磁気異方性エネルギー(MAE:magnetic anisotropy energies)を持ち、それに伴い極めて小さな超常磁性臨界サイズを持つことから、超高密度磁気記録装置の最も有望な候補物質のひとつと見なされています21。バルク材料よりも高いMAE値を実現するには、平衡状態の正方晶系相(L10)でFePtナノ粒子を形成することが不可欠です。合成したFePtナノ粒子は、一般に、軟磁性の準安定な等軸晶系相(A1)を形成するため、硬磁性の正方晶系相の形成を誘導するには、合成後にアニール(焼き鈍し)を行う必要があります。実験結果から、等軸晶系-正方晶系、秩序-無秩序転移温度(To)が顕著に粒径に依存し、直径がナノスケールの粒子では大幅に低下することが明らかになっています22。コンピューターシミュレーションでは、この効果は表面から誘導される構造の無秩序化に起因することが示唆されています。これにより、粒子はバルク値のToよりかなり低い温度で、無秩序化した表面によって「湿った」状態となります(図4)。この表面から誘導される無秩序化の傾向は、表面の結晶配向、粒子表面へのFeやPtの分離度合いの影響を顕著に受けます。これらの結果から、表面の被覆化や前述の合成法による粒子形態の制御は、高磁気異方性相の秩序化傾向や安定性を微小粒子サイズに至るまで操作するうえで、極めて効果的な方法であることが示唆されます。
表面被覆と階層的組織化
表面被覆もまた、より複雑なナノ構造(例えば二成分構造など)を化学的に組み立てるための手法となっています。光導波路、磁性アクチュエーター、化学センサーとして使用できる可能性のある離散型二成分構造の例を図5に示します23。最初の例では(図5A)、マグネタイトナノ粒子をLiMo3Se3ナノワイヤー束に共有結合させ、長さ約400 nmの針状構造を作製しています。磁化特性の温度依存測定によると、これらの構造はマグネタイトナノ粒子同士の磁気双極子相互作用によって、長軸に沿って磁気異方性を示します。その結果、この構造は弱い磁場に沿って整列することができ、ナノスケール方位磁石24や磁性アクチュエーターとして機能します。図5Bは、HCa2Nb3O10のコロイド状プレートに金ナノ粒子を共有結合させたナノ構造を示しています。この場合、ナノ粒子構造がミクロスケールの鏡として働き、光を離散的な方向に反射します25。挿入図は、これらの分散型ナノミラーに2つのレーザー光を照射して得られた赤色、緑色、黄色の反射を示しています。次に、ミクロスケールの導波路の例を図5Cに示しました。ここでは、六方晶系のロッド型酸化亜鉛微結晶が、共有結合したCdSeナノ粒子の支持体となっています26。形成された微細構造に紫外光を照射するとロッドの両端から方向性をもつ発光がみられます。この発光は、CdSe量子ドットの蛍光から生じたもので、ZnO微結晶によって導波されたものです。蛍光の波長はCdSeナノ粒子のサイズによって調整可能です。図5のBとCのナノ構造は、空間光変調器、光スイッチ、発光素子として注目されると考えられます。最後に、ハイブリッド多成分ナノ構造の潜在的応用例を挙げます。静電的に結合したSiO2-Auクラスター(図5D)を用いて、炭化水素鎖の長さが異なる脂肪族チオール(C2~C18)をナノモルレベルで定量的・選択的に検出可能となります27。チオールと反応することで、SiO2粒子とAu粒子との間の結合に変化が生じ、クラスターの構造・色相に特徴的な変化が起こります。これらのセンサーでは信号の伝達や処理に更なる成分を必要としないため、このサブミクロンサイズのクラスターがそのままナノスケールセンサーとなります。

図5 A. LiMo3Se3/Fe3O4ナノ方位磁石。B. Ca2Nb3O10/Auナノ粒子ミラー(挿入図:反射の様子を示す光学顕微鏡写真)。C. ZnO/CdSe発光素子(挿入図:方向性のある蛍光の様子を示す光学顕微鏡写真)。D. SiO2/Auチオールセンサー(ドデカンチオールとの反応後)。
上記の例は、材料の構造や特性がナノスケールで劇的に変化すること、そしてこれらの変化を熱力学的要因で促進させることもできれば、ナノ粒子の核形成・成長を速度論的に制御することによっても可能であることを示しています。新規の材料やデバイスにつながる複雑な階層的ナノ構造の構築は、特にナノ粒子の表面や界面における分子レベルでの相互作用の影響を受けます。そして、これらの相互作用の基礎を理解するには実験的手法と論理的手法とを組み合わせる必要があり、形成されたナノ構造の特徴を理解するには構造解析(電子顕微鏡などの手法)や、より大きな規模でのモデル構築が必要となります。ナノ材料に関する将来性のある魅力的な用途への展開を見据えて、技術的方法論の開発と、10分の数nmから数千nmの範囲における全体的な理論の構築が続けられています。
参考文献
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