量子ドット技術

図1 (A)量子ドットのサイズとエネルギー準位の関係。エネルギー準位の分裂は、量子サイズ効果によるもので、ナノ結晶サイズが小さくなるにつれて半導体のバンドギャップは大きくなります。(B)CdSeコア型とCdSe/ZnSコア/シェル型量子ドットの構造
量子ドットは、可視から赤外領域において発光波長が調整可能でスペクトルの半値幅が狭いというだけでなく、高い量子効率を示し、また一方で、幅広い波長の光を吸収することができます。組成や構造、表面状態、結晶性、配位子を工夫することでエネルギー状態や電荷の相互作用を操作し、化学的、物理的、電気的、光学的特性を調整できる材料の設計が可能です。その用途は生体イメージングや、照明、ディスプレイから太陽電池やセキュリティタグ、センサ、量子情報技術まで幅広く、さまざまな用途での利用を目的に活発に研究開発が進められています1-7,25,30,48。
量子ドットの作製には、基板上にリソグラフィー法、MOCVDやMBE法などの真空環境での加工や気相成長を用いて作製する方法と、温和な条件下での液相合成法によるコロイド状粒子の方法があります。前者の方法では高精度制御された高い結晶性のQDが得られ、高性能レーザーや集積回路へ応用されています。後者の手法は、比較的簡便に大量合成が可能で、低コストでの印刷法による大面積アプリケーションへの利用が期待されています。
コロイド状量子ドットの有する調整可能な表面化学は、低分子、抗体、タンパク質などとQDとのコンジュゲートを実現し、優れたQDの光学特性と相まってバイオセンサー、蛍光標識化および生体イメージングに用いることができます。また、表面配位子は、QDの光電子特性や安定性、溶媒への分散性、機能性付与、薄膜にした際の電荷輸送特性などを決定する上で重要な役割を担っています。合成過程における配位子の選択はもちろん、合成・成膜後の液相・固相中での配位子交換技術の研究も盛んです49,50。
一般的な量子ドットはカドミウムや鉛を用いた半導体ですが、多くの用途でこれら重金属の使用は規制されています。そのため、従来型と同様の輝度と安定性を保持した、カドミウムフリー量子ドットの開発が進められています。また、実験室レベルの品質を安価に再現性良く大量に製造可能な合成法の探索も活発です。生体イメージングなどの少量の材料で実現可能なマーケットでの利用が先行していましたが、近年の高性能化・量産化技術の発展と共にディスプレイやレーザーなどのエレクトロニクス分野における本格的な利用が始まっています。
応用例
生体イメージング8-10
生物学において、生体分子の複雑な時空間的相互作用を理解することは重要で、in vivo での細胞イメージングとin vitro でのアッセイ検出の両方に蛍光標識を使用されています。現状では、蛍光を用いたバイオイメージングにはスペクトル幅の広い有機色素が用いられていますが、有効色が少ない点や標識寿命が短いなどの制約があります。一方で、量子ドットは紫外から近赤外にわたる幅の狭い対称的なフォトルミネセンススペクトルと幅広い吸収域、高輝度、長い蛍光寿命、大きなストークスシフトなど、複雑な装置や処理なしに長期イメージングや「多重化」(複数のシグナルの同時検出)などの点で優れています29。また、ナノサイズの量子ドットは体内のさまざまな部分に送達可能であり、医用画像やバイオセンサーなど、様々な生物医学用途に適しています。生体適合性ポリマーで量子ドットをコーティングすることで、血中に分散させることが可能で、抗体などの特定の分子と結合させることで標的細胞に用いることも可能です。
エレクトロニクス・フォトニクス11-17,35
量子ドットはゼロ次元であるために、高次元構造体よりも状態密度が非常にシャープ(デルタ関数状)です。また、サイズが小さいことで、大きな粒子の場合のように電子が長距離移動する必要がないために、電子デバイスの動作は速くなります。このような電子特性を活かし、トランジスタや太陽電池、超高速の全光学的スイッチおよび論理ゲート、量子計算機などの応用例があります26-28。その他には、高密度固体メモリーチップ、LED41、白色固体照明、バックライト、ディスプレイ、フォトニクスインク(特定波長の照射で可視~赤外の光を発光可能で、セキュリティインクなどに応用)、光検出器38などの例があります。特にディスプレイ分野では、量子ドットフィルムをカラーコンバータとして使用したテレビ(QD-LCD)がすでに商品化されており、OLEDやmicro-LED技術との融合や、量子ドットを発光材料として利用するQLEDも期待されています39。
太陽電池18-24
シリコン系太陽電池の利用できる波長は可視域であり、既存の有機色素は本質的に赤外域付近の集光にはあまり適していません。一方で、コロイド状量子ドットはエネルギー準位の調整が容易で赤外から紫外までの波長を吸収することが可能であり、有機色素よりも長期安定性に優れています。さらに溶液処理が可能である点も、高効率光電変換デバイスの設計に有用です42,43,51。最近では、鉛カルコゲナイド(PbX、X = S、Se、Te)やハロゲン化金属ペロブスカイトQDが広く研究されています。近赤外域を吸収可能なPbS量子ドットを用いることで、曇りの日の集光効率がより高くなる利点があります。ペロブスカイト太陽電池は多結晶膜デバイスの研究が先行していますが、取り扱いの容易さや機械的柔軟性の高さの可能性などの点から、ペロブスカイト量子ドット太陽電池の可能性も注目されています52。

ペロブスカイト型量子ドットは、高いフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)と発光強度を特徴とするダイレクトバンドギャップ半導体材料の一種で、組成を変えることにより対称な発光ピークを持つ調整可能な狭幅発光を呈します。従来のCd系量子ドットに替わる材料として、ディスプレイやX線・UVセンサー、発光材料として期待されています40。また、QD太陽電池材料としても期待されており、高度な配位子制御技術とデバイス工学によって16%を超えるPCEが得られています46,47。シグマアルドリッチ製品は、高輝度、狭FWHM(≦ 20~25 nm)、高PLQY(≧ 60~80%)が特徴で、有機無機ハイブリットペロブスカイト(905062)とCsPbX3(X = Cl、Br)で表される全無機ペロブスカイトを取り揃えております。
コア・シェル型量子ドット
量子ドットのルミネッセンス特性は、電子正孔対の再結合(励起子崩壊)によって生じます。励起子崩壊は無輻射でも起こりますが、蛍光量子収率は低下します。半導体ナノ結晶の特性や輝度を向上させるため、その周囲にバンドギャップの大きい異なる半導体物質をシェルとして成長させる方法があります。シェルで被覆した量子ドットでは、無輻射再結合サイトが不活性化されることで量子収率が増加し、様々な用途において高い加工特性を得ることができます。こうして得られた量子ドットは、コア・シェル型量子ドットと呼ばれ、量子ドットの光物理的性質を調整する手段として広く研究されています31-33。
CuInS2/ZnS コア・シェル型量子ドット(1 mg/mL トルエン溶液)
CuInS2は、Cd,Pb,Se,Asなどの元素を含まないために環境や健康に与える影響が少なく、太陽光吸収に適した直接遷移半導体です36,37。CuInS2/ZnS は、ZnSシェルでコアを被覆することで、より優れた量子効率と長期安定性を示す量子ドットです。LEDや太陽電池開発をはじめ、バイオイメージングなどにも応用可能です。
表面配位子:oleylamine
表面配位子:oleic acid
CdSe/ZnS コア・シェル型量子ドット
コア型量子ドット
コア型量子ドットは、内部組成が均一な単一組成のナノ結晶で、カドミウムや亜鉛などの金属のカルコゲニド化合物(セレン化合物または硫化物)が代表的な例です。そのフォトルミネッセンス特性やエレクトロルミネッセンス特性は、結晶サイズを変化させることで細かく調整できます。
グラフェン量子ドット
PbS(硫化鉛)量子ドットは、近赤外領域までのフォトンを吸収し、近赤外領域で再放出します。ナノ粒子サイズを3~7 nmにすることで、900~1600 nmの範囲で発光ピークを調整しています。その優れた光吸収特性と光電気特性から、近赤外線(NIR)イメージセンサーや赤外LED、赤外光太陽電池42(単接合のみならず、吸収波長の異なる他のセルと組み合わせてタンデム型やマルチジャンクション型太陽電池を構築し、変換効率を向上)にも適しています。
Emissionタイプ
Absorptionタイプ
現在注目されている「ペロブスカイト量子ドットおよびPbS量子ドット」の合成と応用について、KAUSTのオスマン教授に講演いただいたWebinarです。
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References
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