高効率青色有機EL用材料のデザインコンセプト:理論と実験の融合
Evgueni Polikarpov, Asanga B. Padmaperuma
Applied Materials Science Group, Pacific Northwest National Laboratory
はじめに
有機発光デバイス(有機EL、OLED:organic light emitting device)はその発見以降1、科学的興味の対象からフラットパネルディスプレイに応用可能な技術、そして照明市場に革命を起こす可能性を持つ技術へと発展しました。比較的短いその開発の歴史の中で有機EL技術は急速に進歩を遂げ、デバイス効率は20倍以上向上し、内部量子効率の理論的限界に近づきつつあります2-4。現在、有機EL研究は製造工程、駆動回路、光抽出、全体的なコスト削減の最適化の段階へと移行しています。しかし、デバイスの耐久性と高い効率の双方が得られる有機材料、特に青色発光用有機材料の発見は、依然として大きな課題として残されています。ここでは、目標とするデバイス性能に必要な複雑な基準を満たす、機能性有機EL材料設計のための研究方法について述べます。
青色リン光有機EL用両極性ホスト材料の設計:理論から実験まで
有機EL材料に必要な電子的基準には、電荷輸送のタイプ、電荷移動度、界面における軌道エネルギーの位置、そして三重項励起子エネルギーがあります。図1は、デバイスを構成する各層の軌道エネルギー準位の位置に対する条件を示した、典型的な有機ELエネルギーダイヤグラムです。

図1有機EL材料の設計基準を表すエネルギー準位図
このエネルギーダイヤグラムは、対応するホストのHOMO準位に正孔輸送層材料(HTL:hole transport layer)のHOMO準位を一致させて注入障壁を最小限にし、正孔を発光層へ確実に移動させる必要があるのに対し、ホストからHTLへの電子の移動を防ぐため、HTL-LUMOを十分に高くしなければならないことを示しています。符号は反対ですが、ホストと電子輸送層(ETL:electron transport layer)との界面にも同様のルールが存在し、LUMO準位を一致させ、ETL-HOMOは十分に深くして電荷を閉じ込める必要があります。どちらの電荷輸送層においても、材料の三重項励起子エネルギーはすべての発光材料で最も高い三重項準位より十分に高くして、発光励起子の消光を防がなくてはなりません。三重項エネルギーの制約はホスト材料についても当てはまりますが、正孔および電子輸送材料に比べれば、その条件はそれほど厳しくありません5。加えて、HTLのHOMOおよびETLのLUMOの位置は、電荷注入障壁を最小にするため、両電極の仕事関数に一致させなくてはなりません。
ある材料のエネルギー準位に対する一連の要件を満たすには、望ましい電子特性をもつビルディングブロックを用いて材料を構築していきます。多くの場合、有機EL材料の合成やデバイスグレードへの精製には、きわめて多くのリソースが必要です。適切な構造の探索にあたって、ビルディングブロックの既知の性質や化学的直感に頼ることも可能ですが、合成の前に、候補となる材料のスクリーニングを行うのが非常に効果的です。有機ELに利用可能と推測される化合物群について、そのスクリーニングと対象化合物の選定にはコンピュータ分析による化合物の電子特性の特定が必要となります。量子化学計算法によって一般的に得られる比較的大きな分子のエネルギーの絶対値が、たとえ分光学的な測定値と異なっていたとしても、こうした計算から得られる情報はきわめて重要です。たとえば、多数の材料群における電子特性の傾向は、合成に適した材料の候補を絞り込むのに用いることができます。図2には、このような化合物の絞込みによって得られたホスト材料のグループを示しました。これらの材料は2種類のビルディングブロックで構成されており、その組み合わせによって電子と正孔の両方の輸送特性を持つホストを得ることができます。電子輸送が関与するのは芳香族ホスフィンオキシドとピリジン、正孔輸送はカルバゾールやアリールアミンです。計算による評価の後、材料の合成、特性評価を行い、実際のデバイスに使用します6,7。表1は、図2のホスト材料の電子特性について計算値と実験値をまとめたものです。

図2官能基化ホスフィンオキシドを用いたホスト材料


表1各ホスト材料(図2)に対する電子特性の計算値と実験値(単位はすべてeV)
【表内注釈】 a)EHOMO = -1.4*Eox - 4.6 eVを用いて酸化電位から計算した値10、b)dicarbazole biphenyl(CBP)のLUMOを基準として還元電位から計算した値11、c)77Kでの凍結ジクロロメタン溶液のフォトルミネッセンスから推測、d)室温で得られた溶液の吸収スペクトルと蛍光スペクトルの交点から推測、e)化学計算ソフトNWChem12を用いてB3YLP/6-31G*で得られた値、f)文献から推測29、g)T1 ← S0最低遷移エネルギー、h)S1 ← S0最低遷移エネルギー
理論的、実験的に得られたエネルギー準位の値を比較すると、計算による手法が各性質の変化の傾向を予測する上で有効であることがわかります。密度汎関数(DFT:density functional theory)法では、軌道エネルギーの値はやや大きくなります。しかし、溶液を用いる方法であるサイクリックボルタンメトリー(CV:cyclicvoltammetry)で得られたエネルギーの絶対値は、実際の有機ELには存在しない溶媒と電極の相互作用が測定方法自体に含まれているため、かなり不正確です。したがって、どちらの手法にせよ単独での数値の使用には限界があるものの、一連の分子が持つエネルギー準位の相対的な位置は、ある化合物とその誘導体とを比較し、有機EL材料としての適性評価を行うには有用です。理論的予測に基づいた実験によって、ある特定のデバイス構成において他の層に対するホスト材料の要求を満たす一連のホスト材料を合成し、実際に有機ELデバイスにて評価しました。われわれは以前、ホスフィンオキシド部分が電子輸送材料用ビルディングブロックとして利用できることを示しました13-16。ホスフィンオキシドをベースとする化合物である2,8-bis(diphenylphosphoryl)dibenzothiophene(PO15)は、優れた電子構造と比較的高い電子移動度をもことから、電子輸送材料のスタンダード化合物としています。CV法で求めたPO15のLUMOエネルギー準位は-2.85 eVであるため、図3のホスト材料の大部分とエネルギー準位を合わせることが可能です。またHOMO準位が深いために、いずれの場合でも十分に正孔をブロックできます。
一方で、1,1-bis[(di-4-tolylamino)phenyl]cyclohexane(TAPC、EHOMO = -5.1 eV, ELUMO = -1.7 eV)5は、PO22など一部のホスト材料とのエネルギー準位の位置があまり好ましくないため、発光層での電荷バランスが低下し、界面での正孔輸送障壁が増加しました。そのため、PO22などのホスト材料を用いたデバイスでは、外部量子効率(EQE:external quantum efficiency)が減少してしまいます(図3)。

図3各ホスト材料(表1と図2に掲載)を用いたデバイスの外部量子効率と電流密度の関係、および対応するデバイス構造
有機材料における電荷輸送と再配向エネルギー
エネルギー準位の位置に関する条件が満たされたとしても、ホスト内部の電荷輸送が電荷バランスに影響を与える大きな要因として残っています。発光層中の電荷バランスは、りん光デバイスの量子効率に影響を与えることがわかっており18、こうした電荷バランスを維持するために、ホスト材料は正負両方の電荷キャリアの輸送をサポートしなくてはなりません。図3に示したように、エネルギー準位の配置に加えて、ホスト材料中の輸送と発光層中の電荷バランスによってもデバイスの効率が異なってきます。
エネルギー準位の配置で決定する熱力学的効果に加え、量子化学計算の手法は有機EL材料中の電荷輸送を支配する速度論パラメータを予測する上で有効です。ここでは計算で得られた再配向エネルギー(reorganization energy)の値を用いて、高い移動度をもつ化合物ライブラリの作製を試みました。
室温におけるπ共役有機材料中の電荷輸送はホッピング機構によって説明され19-21、有機ELの場合、このメカニズムは「self exchange transfer process」で表されます。正孔輸送の過程はM + M+ → M+ + Mで表され、Mは電荷移動中の中性種、M+は正孔をもつ種です。標準的なマーカス(Marcus)理論22-24を用い、正孔または電子の移動度は内部再配向エネルギー(λ)によって支配されると仮定しました25,26。正孔および電子輸送の内部再配向エネルギーは次のように表されます。
λ(hole/electron) = λ1 + λ2 = (E(1)1 - E(0)1) + (E(0)2 - E(1)2)
図4に示すように、E(0)1 およびE(1)2 はエネルギー曲線が最小の時の中性種および荷電(カチオン/アニオン)種のエネルギーを表しています。一方、E(1)1、E(0)2 はそれぞれ、エネルギー曲線の極小値における荷電(カチオン/アニオン)種、中性種と同じ配置の時の中性種、荷電(カチオン/アニオン)種、のエネルギーを表しています。

図4エネルギー-反応座標(Q)を用いた再配向エネルギー計算に関するグラフ。各表記は本文を参照のこと。

図5一般的な有機EL正孔輸送材料のTOF(time of flight)法による移動度27と今回求めた再配向エネルギーの関係
事例研究:深いLUMO準位をもつホストおよび電子輸送用有機材料
次に、あらかじめ決められた電子特性をもつ一連のホスト材料、電子輸送/正孔ブロック材料をデザインするために開発された手法ついてご紹介します。特定のETLに一致させる、あるいはHTLへの電子移動の可能性を減らすために、ホスト材料のLUMOを深くすることが望ましい場合があります。一方で、ETL材料が深いLUMO準位をもつ理由には、特定の陰極の仕事関数にあわせたエネルギー準位であること、あるいは、ある程度の化学的安定性をもつ化合物によるn型ドーピングの利用、などがあります。深いLUMO準位をもつホスト、ETL材料の構築は、両極性ホスト材料の設計で述べた原理に基づきます。この事例研究では、ターゲットとする化合物を構成する官能基は、a)求められる電荷輸送特性(ホストに対しては両極性、ETLに対しては電子輸送性)とb)エネルギー準位の移動を生じさせる電子効果、をもたらすものでなければなりません。図6に挙げたのは電荷輸送とLUMOエネルギー準位の条件を満たすと考えられる有望な候補材料です。

図6ジフルオロフェニルピリジンで置換したホスフィンオキシド(Dfppy-PO)のホスト(上)とETL(下)材料

図7Dfppy-POのホスト、ETL材料に関する計算で求めた電子密度図と軌道エネルギー
左側の2つの化合物(AmPO1とAmPO2)は両極性電荷輸送を示すホスト材料です。これらのHOMOはアリールアミンフラグメントに局在していますが、LUMOはDfppyユニットによってのみ規定されます。したがって、これら材料のLUMOの準位を深くするためには、分子全体のLUMOが、深いLUMOをもつ官能基に局在するように、官能基を選択する必要があります。図7の右側に示した3つのETL材料のLUMO準位についても、同じことが当てはまります。ホストとは異なり、ETL分子には浅いHOMO準位をもつ官能基はありません。実際、ETLのどちらの軌道もジフルオロフェニルピリジンフラグメントに局在しています。ジフルオロフェニルピリジンのHOMOエネルギーはきわめて低いことから、ここで紹介したDfppyをベースとするETLは、優れた正孔ブロック特性を持つと予測されます。Dfppy-置換ホストおよびETLに関する、電子特性の理論的予測値を表2に示しました。


Table 2.Computed energy levels and reorganization energies for dfppy-PO host and ETL materials.(All values reported in eV.)
結論
本稿では有機EL用機能性有機材料の設計に関する方法論について述べました。必要な電子特性をもたらすビルディングブロックの組み合わせによって、ホスト材料と電荷輸送材料を合成することができます。理論的予測と電気化学的、光物理学的測定データとの関係を、有機EL材料設計や候補材料の絞込みの効率化にどのように用いるかについて、われわれの最近の研究から例を挙げてご紹介しました。
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参考文献
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