金ナノ粒子(金コロイド)特性と応用
はじめに
金コロイドナノ粒子は、可視光との相互作用によって鮮やかな色を示すことから、芸術分野において何世紀にもわたって用いられています。近年では、その優れた固有の光エレクトロニクス特性についての研究が進み、有機太陽電池、センサープローブ、治療薬、生物医学用ドラッグデリバリー、導電材料、触媒をはじめとするハイテク分野で利用されるようになりました。金ナノ粒子の大きさや形状、表面の化学的特性、あるいは凝集状態を変化させることで、粒子の光学的、電子的特性を調整することが可能です。
金ナノ粒子の光学的、電子的特性
金ナノ粒子と光との相互作用は、環境や大きさ、物理的形状に強く影響されます。コロイドナノ粒子の近傍に伝搬する光の振動電場が自由電子と相互作用し、可視光周波数と共鳴するような協奏的振動を電荷に引き起こします。この共鳴振動は、表面プラズモン共鳴(SPR:surface plasmon resonance)として知られています。小さな(約30 nm)単分散の金ナノ粒子の場合、表面プラズモン共鳴現象によって、スペクトルの青から緑の領域(約450 nm)の光が吸収されて赤色(約700 nm)が反射されるため、赤味がかった発色が得られます。粒径が大きくなると、吸収に関する表面プラズモン共鳴の波長は、長波長の赤色側にシフトします。その結果、赤色が吸収されて青色が反射されるため、溶液は淡青色または紫色になります(図1)。さらに粒径が大きくなりバルク限界に近づくと、表面プラズモン共鳴波長は赤外領域に移り、可視光のほとんどが反射されるため、溶液は透明または半透明になります。表面プラズモン共鳴はナノ粒子の大きさや形を変えることによって調整できるため、様々な用途に応じた光学特性を持つ粒子を作製することができます。

図1様々な粒径の単分散金ナノ粒子溶液
このような現象は、金ナノ溶液に過剰の塩を加えたときにも観察されます。金ナノ粒子の表面電荷が中性になり、ナノ粒子が凝集するためです。その結果、溶液の色は赤色から青色に変化します。凝集を最小限にするために、高分子や低分子化合物、生物学的認識分子で粒子を被覆することで、金ナノ粒子の表面化学状態を変化させます。このような表面改質を行うことで、化学的、生物学的、工学的、医学的用途に金ナノ粒子を幅広く用いることが可能となります。金ナノ粒子の代表的特性をまとめて表1に示します。
金ナノ粒子の応用例
金ナノ粒子の応用範囲は急速に広がっており、以下のような用途が挙げられます。
- エレクトロニクス - 金ナノ粒子は、印刷用インクをはじめ電子機器用チップなどの、導電材料として利用されています1。電子機器が小型化するにつれて、ナノ粒子はチップ設計において重要な要素となっており、ナノスケールである金ナノ粒子は、電子機器用チップの抵抗や導電体などの配線に使われるようになっています。
- 光線力学的療法(PDT:Photodynamic Therapy) - 近赤外線吸収金ナノ粒子(金ナノシェルおよび金ナノロッドを含む)は、700~800 nmの波長の光で励起されると熱を生成するため、標的とする腫瘍を除去することができます2。この治療は「温熱療法」としても知られており、金ナノ粒子を含む腫瘍に光を照射することで粒子が加熱され、腫瘍細胞が破壊されます。
- 治療用薬物送達 - 金ナノ粒子は体積あたりの表面積が大きいため、多数の化合物(治療薬、標的化剤、防汚高分子など)で表面をコーティングすることが可能ですす3。
- センサ - 金ナノ粒子は様々なセンサに用いられており、金ナノ粒子を利用した比色センサが食品検査に使用されています4。また、表面増強ラマン分光法では、金ナノ粒子を用いて化学結合の振動エネルギーを測定することが可能で、金ナノ粒子を用いたタンパク質や汚染物質、その他化合物の検出の研究が進められています。
- プローブ - 金ナノ粒子は光を散乱するため、暗視野顕微鏡においてさまざまな色を生じます。現在、金ナノ粒子の散乱光は生物学的イメージング用途に用いられています5。さらに、金ナノ粒子は比較的密度が高いので、透過顕微鏡観察のプローブとしても有用です。
- 診断 - 金ナノ粒子は、心臓病や、ガン、感染性病原体の診断において、バイオマーカーを検出するのにも利用されています6。金ナノ粒子は、ラテラルフロー免疫学的試験法でも一般的に用いられていますが、この方法の家庭での一般的な例には、家庭用妊娠検査があります。
- 触媒 - 金ナノ粒子は多くの化学反応において触媒として用いられています7。金ナノ粒子の表面は選択的酸化反応に用いることができ、場合によっては還元反応を起こす(窒素酸化物)こともあります。金ナノ粒子は燃料電池用途での開発も進んでおり8,9、光触媒としての利用も検討されています。
金ナノ粒子製品の特長
シグマアルドリッチでは、ライフサイエンスおよび材料科学分野におけるハイテク用途に特化した、Cytodiagnostics社製金ナノ粒子製品を販売しております。
従来、球状の金ナノ粒子はクエン酸ナトリウムや水素化ホウ素ナトリウムのような還元剤を用いて合成されますが、独自技術によって、強い還元剤を用いずに高い球形度をもつ金ナノ粒子の調製が可能です。他の金ナノ粒子と比較して、Cytodiagnostics社製品には以下のような優位性があります。
- 狭い粒径分布 - 動的光散乱(DLS:Dynamic light scattering)およびTEM分析によって、狭い粒径分布を持つ金ナノ粒子であることが確認されています。さらに、ロット毎にDLSとUV-Vis分光法によって粒径分布を確認しています(図2)。

図2金ナノ粒子のDLSおよびUV-Vis分光スペクトル
- 一貫した大きさと形状 - 100 nmを超える直径であっても、CV(変動係数)が<10%の値を示します。下記に直径が5 nm~400 nmの金ナノ粒子のTEM画像を示します(図3)。

図3直径が5 nm~400 nmの金ナノ粒子のTEM画像(CV < 4%)<8% CV.
金ナノアーチン(Gold NanoUrchin)

図4100 nmの金ナノアーチンのTEM画像
金ナノアーチンは、同じコア径の球状金ナノ粒子と比較した際に、独特の興味深い光学特性を示します。球状粒子と異なる不規則なスパイク状(spiky)の表面によって、表面プラズモンピークは長波長側にシフトし、金ナノアーチンのとげの先端においてより強い電磁場が発生します。例えば、100 nmの球状金ナノ粒子が570 nmのSPRピークを示す一方、100 nmの金ナノアーチンは680 nm付近のSPRピークを示します(図4)。

図5(左)100 nmの金ナノアーチン(青)と標準的な金ナノ粒子(緑)のUV-VISスペクトル。SPRピークが長波長側にシフトしています。(右)直径が50 nm~100 nmの金ナノアーチンのUV-VISスペクトル。
今後の展望
金ナノ粒子は、合成方法の発展によって明確な電子的、物理的物性をもつことが可能となり、幅広い用途に利用される汎用性の高い材料となりました。その上、その表面化学的特性を容易に変化させることができます。これらの特徴によって、金ナノ粒子は学術研究分野で最も広く用いられているナノ材料の1つであり、またポイントオブケア医療装置や産業製品における必要不可欠な材料になっています。
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参考文献
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