一置換および二置換アルコキシシロキサンを使用した融解ゲルの合成
Lisa C. Klein, Rutgers University Department of Materials Science and Engineering, Andrei Jitianu, Lehman College, City University of New York, Department of Chemistry
Material Matters 2012, Vol.7 No.2
有機-無機ハイブリッドゲルとは
シリカを含む有機-無機ハイブリッドゾル-ゲル材料が初めて「ORMOSIL(organically modified silica)」と呼ばれたのは、1984年です1。それ以降、有機-無機ハイブリッド化合物の数が急速に増加しました2。ハイブリッド材料は、無機成分と有機成分の組み合わせによる相乗効果の結果、注目すべき特徴を示すため、電気化学デバイスや、薬物送達を含む生物医学用途、さらに、発光ダイオード、光ダイオード、太陽電池、ガスセンサ、電界効果トランジスタをはじめとする電子工学および光電子工学用途など、広い範囲の応用に適しています。
一般に、有機-無機材料は次の大きなカテゴリーに分類されます。クラスIの材料では、無機成分と有機成分のどちらか一方が他方に組み込まれ、弱い結合でハイブリッド化されているのに対して、クラスIIの材料では、無機成分と有機成分の間に強い共有結合が存在します3。
ハイブリッドゲルは、25年以上にわたってゾル-ゲル法を用いて開発されてきました4。ゾル-ゲル法は低温での合成法であるため、有機物を含むハイブリッド材料にまでゾル-ゲル法が拡張されたのは自然なことであるといえます。通常、オルトけい酸テトラエチル(TEOS)前駆体を用いたゾル-ゲル法により得られるのは3次元ネットワークであり、Siに4つの同じ官能基が結合したTEOSを、加水分解および重縮合反応させます。たとえば、この4つの官能基の中の1つの官能基をSiとCが直接結合した官能基に変えることができます。3つのエトキシ基は加水分解によく反応しますが、置換基(たとえばメチル基)は反応しません。
以下は、TEOSのエトキシ基がメチル基に置換された場合の、反応基の数を示したものです(スキーム1)。
メチル基以外に検討した置換基としては、エチル、フェニル、ビニル基などがあり、官能基の大きさと極性が特性に影響を与えます。クラスIIハイブリッド材料の一般的な薄膜作製用前駆体は、テトラエトキシシロキサン(TEOS、Si(OC2H5)4)や、メチルトリエトキシシロキサン(MTES、CH3Si(OC2H5)3)です6。ネットワーク内にメチル基が存在することで網目構造が緩和され、張力が低下し、亀裂が減少します。より複雑なORMOSILは、TEOSと、MTESやビニルトリエトキシシロキサン、3-グリシドキシ-プロピルトリメトキシシロキサンなどの各化合物との共縮合によって得られます7,8。
有機成分の保持は、機械的特性に有益な効果を与えることに加えてハイブリッドゲルの表面化学にも興味深い影響を及ぼし、その親水性または疎水性に反映されます。たとえば、撥水性表面(接触角が90°以上)は、表面上の有機基を変化させることによって調整することができます。シリカベースのハイブリッド材料では、隣接する-OH基の数を減らすことにより水への親和性を小さくすることができます9。-OH基の低減は、メチル基のような疎水性基で-OH基を置き換えることにより行います10。このようにして、有機-無機コーティングでは、落書き防止(anti-graffiti)、接着防止、帯電防止コーティングなどが開発されています11。ハイブリッドコーティングの屈折率や厚さは調整できるため、フェニルトリエトキシシロキサン(PhTES)、MTESおよびTEOSをベースとする導波管が、マイクロ流体を用いたリソグラフィによってパターニングされています12。
融解ゲル挙動の発見
最近、クラスIIハイブリッド材料、つまり一置換および二置換のアルコキシシロキサンの混合物によって、軟化挙動とゲルが流動する温度がさまざまなタイプの、いわゆる融解ゲル(melting gel)を生成できることが見出されています13。これらのハイブリッド材料は、600℃付近で溶融する低融点封着用ガラスに替わる材料としてこれまで研究されていました。この温度は、多くの電子機器、特に有機EL(OLED:organic light emitting diode)を用いた最新デバイスにとっては高すぎる温度です。
融解ゲルは、室温では固く、110℃程度で軟化し、130℃を超えると固化します。(a)軟化、(b)固化、(c)再軟化のプロセスを何度でも繰り返すことができますが、130℃を超えて加熱すると、その後は軟化しなくなります13。
この軟化挙動は、融解(melting)と呼ばれていますが、熱力学的な意味で融解しているわけではありません14。同時に、この材料はせん断によって流動性を示さないため、チキソトロピー挙動でもありません。それよりむしろ、この軟化および流動の特性は、一置換と二置換のアルコキシシロキサン混合物のすべてではなく、一部に見られる挙動であり、これは不完全な架橋が存在していることを示しています。実際、融解ゲルは0℃より低い温度ではガラス転移挙動を示します。
最初に報告された「融解ゲル」の1つはポリ(ベンジルシルセスキオキサン)(POSS)粒子で、電気泳動法によってITO被覆基板に塗布されました。非常に低い温度で熱処理することで、厚い連続的な透明薄膜が得られています14。また、PhTESとDPhDES(diphenyldiethoxysiloxane)を用いた別の方法では、軟化点の低いポリシルセスキオキサンが得られています。PhTES-DPhDESハイブリッド材料は、エタノールを使用してもしなくても単分散粒子として生成することができ、これらハイブリッド材料のガラス転移温度は、PhTESとDPhDESの混合比によって変化しました15-17。
エトキシ基やメトキシ基をメチル基で置換した融解ゲル(MTES/DMDESおよびMTMS/DMDMS)と、フェニル基で置換した融解ゲル化合物(PhTES/DPhDESおよびPhTMS/DPhDMS)を比較すると、さまざまな混合比で融解ゲルが生成され、その傾向は系に依存することが明らかになっています。メチル置換アルコキシシロキサンは広範囲の化合物で融解ゲル挙動を示す一方で、フェニル置換化合物では、これまでのところ、一置換アルコキシシロキサンのPhTESまたはPhTMSを用いた場合にのみ融解ゲルが生成されています13。
今日では、融解ゲルの挙動がより体系的に研究されており、一置換および二置換のアルコキシシロキサン混合物からなる、有機的に修飾されたシリカゲルの特性評価が行われており、水との接触角10、密度18、および気密性などの特性が研究されています18。
融解ゲルの前駆体
アルコキシシロキサンの種類はほとんど無限に存在しますが、融解ゲル作製に用いられる2つの典型的な前駆体と、比較のためのTEOSを表1に示しました。すべての前駆体は室温で液体であり、かつ水と徐々に反応します。
一置換および二置換アルコキシシロキサンを使用した融解ゲルの合成
一般的には、MTESおよびDMDESはさらに精製することなく使用し、塩酸とアンモニアを触媒として使用します。溶媒は無水エタノールです。表2に示したように、MTESとDMDESのmol%に応じて合計5つのゲルを作製しました。図1には合成フローチャートを示しました。以下に、順を追って説明します。
図1MTESおよびDMDESを使用した融解ゲルの合成フローチャート
合成は3段階からなります。最初に、水を塩酸および半量のエタノールと混合します。これとは別に、MTESを残りのエタノールと混合します。次に、MTESのエタノール溶液を連続撹拌しながら水溶液に滴下します。ビーカーを蓋でしっかり覆い、混合溶液を室温で3時間撹拌します。
第二段階では、DMDESをエタノールで希釈します。このDMDESエタノール溶液を第一段階でできた混合溶液に滴下し、室温でさらに2時間、蓋をしたビーカー中で撹拌します。
第三段階では、アンモニアを反応混合溶液に加えた後、蓋をしたビーカー中でさらに1時間撹拌します。次に、この透明溶液を室温で48時間、蓋を開けたビーカー中で撹拌すると、ゲル化が起きます。このゲルを70℃で一晩熱処理して過剰なエタノールを除去します。この処理中に塩化アンモニウムの白い粉末がゲル上に生成するため、10 mLのアセトンをサンプルに加えた後、真空濾過によってこの塩化アンモニウムを除去します。再び、ゲルを70℃で24時間熱処理し、続いて110℃で最後の熱処理を行い、未反応の水分を除去します。
この熱処理の後、ゲルは室温で固まりますが、約110℃以上に加熱した場合は、ゲルは軟化して流体になり、水のような流動性を示すこともあります。固化温度を特定するには、ゲルが軟化しなくなる最低温度が得られるまでサンプルの加熱と冷却を繰り返します。ゲルは一度固化温度まで加熱されると、その特性は元には戻りません。表2に固化温度(TCON)を示しました。
固化前のハイブリッドゲルの熱挙動に関する測定は、示差熱分析(Perkin-Elmer DTA-7)、熱重量測定(Perkin-Elmer TGA-7)、示差走査熱量測定(DSC TA-Q-2000)を用いて行いました19。得られたガラス転移温度を表2に示します。
結果と考察
すべてのゲルで、2つの温度領域において重量損失が起きます。低い温度領域(約150から300℃の間)での重量損失は、エトキシ基とヒドロキシル基の脱離に起因するものです。約350から500℃の間で起きる第二の重量損失は、メチル基の熱分解によるものです。すべてのサンプルの示差熱分析において高温重量損失を伴う発熱ピークがみられ、これによってメチル基の熱分解が確認されます。
測定された重量損失は、二置換アルコキシシロキサンの濃度とともに増加します。式量とシリカへの完全酸化に基づいて計算した重量損失が、組成間でほとんど変わらないことを考えると、この測定傾向は興味深いものです。表2に示したように、固化温度も重量損失と同じ傾向を示します。
表2に示した固化温度は、二置換アルコキシシロキサン量の減少に伴い低下しています。この固化温度の低下は、二置換アルコキシシロキサンには他のシリカネットワークと新しい結合を作るのに利用できる反応サイトが2つしかないのに対して、一置換アルコキシシロキサンには3つの反応サイトを持つという事実と一致しています。つまり、一置換アルコキシシロキサンを含まない場合、二置換アルコキシシロキサンでは線形の鎖しか形成されないために、加水分解・重縮合反応後も液体のままです。一置換アルコキシシロキサンが二置換アルコキシシロキサンと混合された場合には、二置換アルコキシシロキサンは、一置換アルコキシシロキサンが加水分解したときに形成される分子種の間を橋渡しする働きをします。
表2に見られるガラス転移温度は、固化温度とは逆の傾向を示します。Tg値は、二置換アルコキシシロキサンの量が減少するにつれて上昇します。ガラス転移は通常、液体相とガラス状アモルファス相の間の転移状態と考えられています。別の見方をすれば、ガラス転移は、粘性、誘電率、機械的性質などの多くの巨視的な性質を反映しているといえます。従来の有機高分子で用いられる考え方を無機シリカベースのポリマーに適用した場合、ガラス転移温度はシリカネットワークにおける架橋度合の尺度となります。言い換えれば、シリコン原子間の酸素ブリッジの数が増加するのに伴い、Tgは上昇します。
ゲル化と熱処理により溶媒と水分を除去することで、ゲルは固化します。融解ゲルの一例を図2に示します。横倒しにしたビーカーの底にゲルの固まった層が見られますが、これはゲル化した後の固化する前の融解ゲルの外観です。次に、ビーカーをホットプレートの上に置き、110℃まで温めます。軟化したゲルの入ったビーカーを傾けた様子を図3に示します。ゲルは軟化しており、ビーカーを傾けることでゲルが流れ始めます。ほとんどの組成のゲルは水とシロップの間の粘度まで軟化するため、簡単に注ぐことができます。流体ゲルを、ガラス、雲母、シリコン、銅、アルミニウムなどのさまざまな基板の上に流し込んだ場合、ゲルはすべての表面によく付着します。厚さが約1 mmの厚い膜でも比較的滑らかであり、その上、膜は透明で粘着性もありません。この厚い膜を固化温度まで加熱した後、接触角、硬度、透過性などのさまざまな物理的性質が測定され、報告されています20。
図2加熱する前の融解ゲルが入ったビーカーの側面
図3加熱によって流動性を持ったゲルの入ったビーカーを傾けた様子
「low-κ」材料への融解ゲルの応用
金属酸化物半導体電界効果トランジスタ(MOSFET:metal-oxide semiconductor field effect transistor)用集積回路の低誘電率(low-κ)材料に必要な特性として、構造均質性、低誘電率(κ = 約2)、低誘電損失、高い硬度、強い接着強度、熱安定性、および低吸湿性などが挙げられます21。融解ゲルは、これらの特性の多くを満たすことが可能です。有機修飾シリカ融解ゲルにおけるネットワーク構造が、構造均質性と硬度を得るのに役立ちます。また、SiO2自体の誘電率が低いという事実は、適切な量の有機成分と場合によっては閉気孔をある程度持つことで、融解ゲルの誘電率を2に近づけることが可能なことを意味します。さらに、シリカを含むことでこのlow-κ 材料の熱安定性が高まります。融解ゲルは軟化温度での粘性が低いためにスピンコーティングを利用することが可能です。シリコン基板に対して高い接着性を持つ膜が得られ、また、融解ゲルは非常に低い水蒸気透過率を示します22。これらすべての理由から、融解ゲルは多層配線技術の分野において魅力的な材料であるといえます。
Low-κ 誘電体として有望な化合物の1つは、65% MTES-35% DMDESのゲルです。接触角が大きく(θ = 100°)、BET表面積が無視できるほど小さく(0.0138 m2/g)、低密度です(1.252 g/cm3)。誘電率は1 KHzで約4.2です23。
結論
一置換および二置換アルコキシシロキサンの混合物を3段階合成法を用いて反応させると、いわゆる融解ゲルが生成します。この融解ゲルは、従来のゾル-ゲル法と同様の加水分解・重縮合反応によって、アルコキシシロキサンから合成します。第一段階では塩酸によって、線形ポリマー鎖の生成が促進されます。第三段階のアンモニア溶液の添加によって、塩酸の中和とポリマー鎖間の架橋が促進され、ゲル化が起きます。固化前のゲルのガラス転移温度(Tg)から、架橋が不完全であることが示唆されます。融解ゲルは繰り返し軟化することができますが、固化温度以上での加熱によって軟化しなくなります。固化後のゲルは固く、浸透性を持ちません。
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参考文献
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